大判例

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東京高等裁判所 平成10年(う)712号 判決

弁護人は,「被告人には,脳の先天性奇形(ベルガ腔)が存在しシルビュウス氏溝が拡大(脳の全般性萎縮を示す所見)して脳の器質的障害が生じ,微細脳器質性格変化症状群であって,本件各犯行当時,被告人の従前の人格が変化していた。」旨のY鑑定に依拠し,被告人は本件各犯行当時心神耗弱の状態にあった,と主張する。

しかしながら,関係証拠及び当審におけるZ鑑定を併せ検討すると,ベルガ腔の存在は認められず,脳梗塞の影響によるシルビュウス氏溝の拡大についても疑問を差し挟む余地がある上,被告人の脳梗塞は脳幹部を中心に生じたものであり,被告人の人格に大きな変化をもたらしたと考えることは困難である。そして,関係証拠により認められる被告人の嫉妬妄想が強固で揺るぎ難く,被告人の世界観全体を支配しているとはいえないこと,被告人は元来嫉妬深い等の性格であること,嫉妬を動機として犯行に至る経緯や被告人の置かれた状況等から見ても各犯行動機は了解可能であること,計画的で用意周到な犯行態様であること,犯行後被告人は罪証隠滅的な行動を行っていること等の諸事情を総合し,被告人は本件各犯行当時心神耗弱状態にはなかった,と認定した原判決に事実誤認はない。

2 量刑不当の主張について

本件は,わずか3年という短期間に,殺人という重大事犯を3件も敢行して3名の命を奪うというまれにみる凶悪事件を主とする殺人,傷害,現住建造物等放火の事案である。甲野事件は,被告人が甲野が妻と長年浮気を続けているものと思い込んでいたところ,妻が家出をすると,これは同人が妻を囲ったものと思い込んで恨みを抱き,同人を絞頚して窒息死させたというものであり,乙山事件は,被告人が,A男が過去に夜這いに来て妻と浮気をしたと思い込んでいたところ,家出した妻の居所が分かり,よりを戻そうとしたがかなわず,離婚が決定的となったことから,被告人の家庭を崩壊させた妻の浮気相手の1人はA男であると考え,憎しみを募らせ,甲野事件の約3年後,かつての仕事仲間を誘い,同人と共謀の上,A男を刃物で突き刺して殺害し,そして,その場にいた妻も刃物で突き刺して殺害し,長男に手拳で多数回殴打する等の暴行を加えて傷害を負わせ,A男ら殺害後,A男方居宅に放火してこれを全焼させたというものである。

両事件における犯行の動機は,誠に身勝手な自己中心的な考えに基づく短絡的なもので酌量の余地は全くない。両事件とも犯行は計画的である上,甲野事件においては,タオルで甲野を車の荷台に固定して逃げられないようにし,付近の立木に結び付けたロープを同人の頚部に巻いた上で,車を発進させてロープを張りつめさせて頚部を絞め付け,窒息させて殺害し,乙山事件においては,A男の胸部を刃物で4回突き刺して失血死させて殺害し,妻のB子の頚部及び胸部に刃物で各1回損傷を与えて失血死させて殺害したもので,その各犯行態様は,誠に残虐で悪質であり,3名もの貴い生命を奪った結果は極めて重大である。そして,乙山事件では,殺害行為後に行った放火行為も,延焼の危険性の極めて高い,誠に悪質かつ危険なものである。

被害者らは,被告人から殺害されなければならないような落ち度はなく,被害者らの恐怖,苦痛,無念の思いは察するに余りあり,遺族らの悲しみは誠に深く,同人らは被告人に対しては極刑を望んでいる。加えて,本件各犯行が地域社会に多大な不安を与え,社会的影響の大きな犯行であることなどからすれば,被告人の刑事責任は極めて重大である。

そうすると,被告人は,被害者を悼み,自らの責任の重さを受け止めていると認められる言動も見受けられること,本件の背景には,妻の過去の不行跡や,特に脳梗塞に罹患した後,長年勤めた電電公社を退職し,生活が不安定になり,妻との性的関係も思うようにいかなくなった焦燥感に,妻の言動も相まって猜疑心と嫉妬のとりことなったという,被告人にとって不運な事情もあることは否定できず,さしたる前科がないことなどの事情を最大限考慮しても,被告人の刑責は,法の予想する最も重い部類に属するものといわざるを得ない。そして,死刑が冷厳な極刑であり,近時の死刑に関する内外の情勢等に十分配慮したとしても,本件各犯行の罪質,動機,態様,結果,被害感情,社会的影響等の諸事情を併せ考えると,被告人の罪責は誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑をもって望むのはやむを得ないところであり,被告人を死刑に処した原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。

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